みなさんが何もしないで空想にふけったり、窓の外をただぼーっと見たりする時間を最後に持ったのはいつでしょうか?現代社会では、多くの仕事を上手にこなして忙しくしていることが高く評価されるため、何もしない時間を持つことは、自分がまるで怠けていたり自分を甘やかしているかのようで、無責任で無為な時間の使い方だと思われがちです。
私たちの多くは「活動中毒」であり、脳と身体が常に「スイッチオン」の状態になってしまっています。同時に、私たちの生活はあらゆる情報で溢れかえっているため、何かやることがないと不安になり罪悪感を感じてしまこともしばしばです。昨年アメリカで行われた研究(出典1)では、被験者の83%の人がリラックスする時間を全く持っていないということが判りました。その反面、被験者の95%が余暇を持つようにしているものの、余暇の最中でも頭の中は仕事のスイッチがオンになっていて活動中の状態でした。神経科学者によると、このように脳がスイッチオンの状態は私たちの神経組織を消耗させることで生産性や創造力を奪ってしまうため、仕事や私生活にも悪影響を与えるのだということ明言しています。
自分に余裕がない状態の中で何かをしている時というのは、私たちは十分に考えることができず、創造力を欠き、ゆえに新しいアイディアを生み出すことも出来なくなってしまうのです。それは、神経組織が休むことなく稼動してしまっているからです。その逆の「何もしない時間」こそが、創造力と問題解決能力を司る脳内のいわゆる「デフォルトモード・ネットワーク(安静状態の脳神経回路)」を刺激するのです。
※ ちなみに、パソコンの前にただ座っているだけでも、外的刺激に対する反応を適切に選択し処理する役割を持つ「エグゼクティブ・コントロール・ネットワーク」を使っているため、この状態では「デフォルトモード・ネットワーク」は刺激されません。
神経科学者は、「何もしない」状態から発明や発見が生み出されるこのプロセスを「インキュベーション(孵化)」と呼んでいます。これは、料理や芸術、研究や設計、あるいは人間関係においても、この「何もしない時間」は極めて重要であり、創造力を活性化させるのに必要不可欠だということです。このインキュベーションのための時間は様々な企業でも導入されており、グーグルやツイッター、フェイスブックや3M、ピクサーなどの米国の大手企業も彼らの労働環境の中で「仕事から隔絶された時間」を重要な要素と位置づけています。
社員の仕事への取組みと生産性の向上を図るコンサルティング会社The Energy Projectの研究(出典2)では、仕事中に休憩をとった社員の創造力は約50%も向上し、健康状態については46%も改善したということが判りました。さらに興味深いのは、残業は逆効果であったということです。週40時間以上の労働において、連続して働く時間が長ければ長いほど元気はなくなり、仕事ぶりが低下し、仕事への忠誠心も薄れてしまうということです。
「何もしない時間」は、副交感神経を刺激するため、仕事のパフォーマンス向上以外に、美容と健康にも効果があります。そのような時間を持つことが私たちの心拍数を正常に保ち、消化機能を高め、気分の浮き沈みを防ぎ、免疫力も高めてくれるからです。絶えず何かをしている状態にあると、今優先すべきことやこれからの目標、または、あなたが本来向き合わなければいけない本当に大切なことなどを見過ごしてしまうことにもなりかねません。あなたの脳は、急は要さないけれども重要であることにしっかりと向き合うべきであり、それは「何もしない時間」を持つことで可能となるのです。
心を落ち着かせることと余暇を楽しむということは意味が違います。もし、あなたが友人と週末に日帰り旅行に行く、もしくはテレビを観ているとしましょう。その間あなたの脳はまだ「スイッチオン」の状態です。心静かに椅子に座ったり、空想にふけったりすることとは全く異なります。大切なのは、あなたが「無」になる時間を意識することです。あなたが心と身体を休ませてあげようと意識することで、より高い効果が期待できるのです。
そして、あなたが心を落ち着かせている間、脳の回路はリフレッシュされます。休息後には元気が回復し、頭が冴え、創造力も活発になります。仕事などで行き詰まった時に、なぜか休憩後に良いアイデアや解決策が浮かんだりすることがありますが、それはまさにこれが理由なのです。それでは、忙しい日々の中で心を落ち着かせる簡単な方法をいくつかご紹介します。
◇ 必要以上のメールチェックやSNS、携帯ゲームは減らし、電車などの待ち時間は携帯電話に触れず、ぼーっとする時間にしましょう。
◇ 散歩や食器洗いなどの家事も無心で出来るため心が休まります。音楽やラジオを聴きながらでは刺激が強すぎて逆効果になるので避けましょう。
◇ 職場では毎日2~3回、5〜10分、窓の外を見るようにしましょう。もし、デスク付近に窓がない場合は、ランチを食べに外出したり、お昼休みに散歩をしたりするのも効果があります。意識してスイッチオフの時間を持ちましょう。
◇ 一日の終わりには、電子機器の電源を切って、椅子やソファーに座って一息つきます。身体をリラックスさせて、気持ちを解き放ちましょう。
信じられないかもしれませんが、ぼーっとすることもスキルのひとつです。特に活動中毒の私たちには、「何もしない」ということをできるようにする練習も必要なのです。例えば、SNSなどで自分の投稿に対して誰かがコメントしたり共感してくれると、快感を与えるドーパミンが脳内から分泌されるため、それらに必要以上に時間を費やしてしまう傾向があります。一度「何もしない時間」の効果を体感すると、違和感なく心を落ち着かせることが出来るようになります。エネルギーの充電とリフレッシュのために、脳をしっかりと休ませてあげる時間を大切にしましょう。
Lots of Love, Erica
(出典1) Wilson, T. D. et al., “Just think: The challenges of the disengaged mind,” Science, 2014, vol. 345, no. 6192, pp. 75-77.
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